生物多様性情報学の出張所

生物多様性情報学関係のあれこれを中心に扱います。「生物多様性情報学の情報交換の場」の投稿の抜粋中心。

「名古屋議定書に関する意見交換会」に関するメモ

生物多様性条約の第10回締約国会議、いわゆるCBD COP10の成果である名古屋議定書の一つの大きなポイントが、「遺伝資源へのアクセスと利益配分」(Access to Genetic Resources and Benefit Sharing: ABS)への具体的なアクションを取り決めたことです。その日本としての対応が策定されつつありますが、生物多様性の調査研究にも大きく関わってくるため、きちんと理解しておくことが必要です。

対応策については、現在パブリックコメントの段階まで来ており、多くの動きがあります。環境省による説明会が各地で行われており、2014年1月8日には東京でも開催されます。また1月10日には、日本分類学会連合でシンポジウム「生物多様性条約と名古屋議定書が分類学研究分野へ 与えるインパクト」が、また同日に知的財産マネジメント研究会による「海外から菌を輸入する ―菌類生物資源研究の現場から―」という会合が予定されています。

これに先立ち、昨年2013年の11月26日に「名古屋議定書に関する意見交換会」が開催され、私も参加しました。その際の説明を中心に勉強がてら名古屋議定書関係の概要と動きを自分用にまとめたのがこのメモです。

なおまとめるにあたり、多くの知人からコメント・意見をいただきました。ありがとうございました。

配付資料:http://np-iken.sakuraweb.com/handout.html (再利用OK)

「遺伝資源へのアクセスと利益配分」(Access to Genetic Resources and Benefit Sharing: ABSと略す)とは?

生物多様性条約(CBD)の目的の一つであり、ある国(提供国)の遺伝資源を、別の国(利用国)が使って研究や開発を行い利益を得た場合、その利益を提供国と公平に分配する枠組みのこと。遺伝資源の定義は様々だが、「生物および生物に由来する様々な素材」と理解するのが良い。

ABSを実現するための枠組みとして、2002年に採択された「ボンガイドライン」で基本概念が記載された。ここでは、法的な拘束力はまだない。2010年に採択された「名古屋議定書」で国際的なルールを実施するための措置が規定された。名古屋議定書は合計で50ヶ国が批准してから90日後に発効する。署名したのは92ヶ国で、現在批准しているのは26ヶ国。

ABSのための枠組み

提供国から利用国へ持ち出す場合には、提供国での遺伝資源供給者との合意に基づく利用と利益配分に関する契約(合意文書=Mutually Agreed Terms: MATと略す)と、提供国の政府に対する遺伝資源取得の事前許可(事前の同意=Prior Informed Consent: PICと略す。採集許可・持ち出し許可など)が必要である。これらの手続きは、生物多様性条約では無く提供国の国内法によって規定されるという点に注意が必要。

名古屋議定書によって変更されるのは、利用国でのチェックポイントと、CBD事務局でのクリアリングハウスの設置である。まず、上記の合意を遵守した形で遺伝資源が使われているかどうか、利用国で監視するように要求される。そのため、MATとPICの情報を収集し、その適切な利用を監視する部署(チェックポイント)を各国に設けることになる。また、合意から逸脱した使い方をしている場合の対処措置の規定も求められている。さらに、MATとPICの情報を提供国の関係部署や利用国のチェックポイントなどから集約する仕組み(クリアリングハウス)をCBD事務局内に設置する。

日本においても、チェックポイントの設置および関係する国内措置の整備をめざし、環境省による「名古屋議定書に係る国内措置のあり方検討会」で様々な議論が行われている。2013年11月12日に第14回の検討会が執り行われた。12月10日の第15回検討会を経て報告書案がまとめられ、12月27日よりこの報告書案に対する意見募集(パブリックコメント)が開始された。1月9日から22日にかけて全国7ヶ所で説明会も開催される。パブリックコメントは1月24日が〆切。その後数度の検討会を踏まえて年度末に報告書が取りまとめられ、関係省庁作業部会による実際の国内措置の検討に受け継がれる。国内措置の実施は最初2015年を目指していたが、それは時期尚早であるという方向で議論が進んでいる。

研究への影響と検討会における議論の現状

上記の原則論に従えば、海外から生物を持ち込む場合には、提供国との間で結んだ覚え書き(PICとMAT)を、必ずチェックポイントに提出することが求められる。これが義務化された場合、ことあるごとに申請書の作成という新たな事務作業が生じること、膨大な量が申請されることにより許認可が遅れることなどにより、研究が成り立たなくなる可能性がある。基礎的な研究の場合は、基本的には金銭的な利益を生み出さないこと、生物多様性保全に貢献する知見を生み出すことなどから、厳しい規定を決めることは望ましくない。

検討会における現在の基本的な方向性は下記の通り。

  • 遺伝資源には、派生物(化合物など)や情報(遺伝子配列・知見・特許など)は含めない。遺伝資源の定義は提供国で様々だが、日本においては、遺伝資源そのものとそれを掛け合わせたり遺伝子を導入したものに限る。
  • 非営利で基礎的な学術研究についてはできるだけ手続きを簡便にする。そのため、学術研究のために取得したPIC/MATについては国内チェックポイントへの届出を自主的にし、研究費の誓約書等で研究者にガイドライン遵守を求めることで代用する。商業利用の際には改めて提供国と商用利用のためのPIC/MATを取得し、これをチェックポイントに届け出る。
  • 国内措置は、当面の間、罰則規定のないガイドラインによるものとする。(要確認:これは「非営利の基礎的学術研究」についての話か全体の話か;最終的な国内措置およびその中の罰則規定は、それぞれ法律・法令・ガイドラインのどれとして規定されるのか、それも検討中なのか)
  • 名古屋議定書発効以前に取得した遺伝資源には遡及しない。
  • 市販品等(コモディティ)を金銭的に購入したものは遺伝資源の対象外とする。
  • 海外の遺伝資源を使用して論文を書いた場合にはその取得国を明記する。