生物多様性情報学の出張所

生物多様性情報学関係のあれこれを中心に扱います。「生物多様性情報学の情報交換の場」の投稿の抜粋中心。

イギリス自然史博物館のデータポータル雑感(後編)

イギリス自然史博物館データポータルの感想の続きです。こんどはシステム周りをみていきます。前編はこちらから

イギリス自然史博物館のデータポータルの特徴として、オープンに開発が進められているソフトウェアを多く取り入れていることがあげられます。ポータルのトップページの下には、使用されているソフトウェアが色々書いてありますね。活発に開発やサポートが行われていて、様々な導入実績のあるいわゆる「定番の」ソフトウェアを採用している印象があります。

コアシステムとしてのCKAN

中でも目をひくのが「powered by CKAN」という見出しです。CKANOpen Knowledge Foundation Networkが中心となって開発されているオープンソースのデータカタログサイト構築システムで、データ公開・検索・利用などに必要な様々な機能を提供しています。政府系のオープンデータ(オープンガバメント)のデータカタログサイトでの利用が有名で、イギリス政府のData.gov.ukやアメリカ政府のData.govも採用しています。日本でもCKANの導入は進んでおり、国内のデータのオープン化を推進する団体Open Knowledge Foundation Japan によって日本語化され、日本政府のオープンデータカタログData.go.jpで採用されています。

このイギリス自然史博物館のデータポータルもシステムのコアはCKANシステムが採用されているわけですが、生物多様性関係でこのような例はほかに私は知りません。CKANの採用はこのポータル最大の特徴だと私は思います。

オープンなシステムのメリット・デメリット

オープンなソフトウェアをつかうメリットとしては、多くの人によって様々な角度からよく練られていることがあげられます。たとえば、CKANには、データカタログの構築に必要な様々な機能、ノウハウが詰まっています。データを公開するためのウェブサイトであれば、検索や閲覧など似たような機能が必要となります。CKANのようなソフトウェアを使うことで、同じような機能をもう一度作り直してしまう「車輪の再発明」を防ぐことができると考えられます。

例として、ウェブサイトの検索やデータ取得をプログラムレベルで行うための機能、すなわちAPIを考えてみます。CKANには、データの取得・検索、あるいはデータの投入・更新を行うための様々な機能がAPIとして用意されていますが、イギリス自然史博物館のデータポータルでは、これらCKANのAPIがそのままAPIとして提供されています。それは、データポータルのトップページ右下にあるAPIガイドのリンク先が、CKANのAPI解説ページになっていることからも明らかです。ポータル構築側は、汎用の機能をCKANのそれを用いることでデータ固有の問題に焦点を絞り込め、サービス開発側は使い慣れているAPIをそのまま使えるため効率よく開発できる、といったメリットが考えられます。

また、オープンなシステムを使うことは、いわゆる「ベンダーロックイン」を防ぐにも有効です。ベンダーロックインは、特定の企業の技術やシステムに依存しすぎることで、他社製品への乗り換えが困難になることを指します。オープンなソフトウェアを使用することによって、様々なニーズの変化への迅速な対応ができなくなる、あるいはメンテナンスが高コストになってしまう、といった状況をある程度防止できるかもしれません。

一方で、ベンダーに依存しないようにするには、博物館側で、きちんとした開発者を確保しておく必要があります。イギリス自然史博物館のデータポータルには、このシステムは「イギリス自然史博物館の生物多様性情報学グループによるオープンソースプロジェクト」であると書かれています。すなわち、博物館にオープンデータを含む生物多様性情報学に詳しい専任グループがいる、ということですね。こういった専門性の強い専任のサポート要員が多くいるのは、海外の博物館のすごいところだと思います。

ポータル自体もオープンソース

先ほどのシステムの解説にはこのポータルが「オープンソースプロジェクト」であることが明記されています。実際その通りで、ポータルを構成しているプログラムのソースは、オープンソースプロジェクトの管理システムの一つであるGitHubイギリス自然史博のアカウントページにて公開されています。私にはその内容はわかりませんが、多くが、CKANをカスタマイズするためのライブラリのようです。

GitHubを見ていると、ポータルサイト以外のオープンソースプログラムももあるようです。たとえばsu2014はScience Uncovered 2014の略で、flickrを使用しつつ標本写真上のラベル情報を電子化するクラウドソーシングプロジェクトのためのソフトウェアです。このプロジェクトでラベル情報などを転写されたデータは、ポータルでは 「Crowdsourcing the collection」というデータセットで公開されています。

おわりに

このように、イギリス自然史博物館のデータポータルは、データとしての徹底したDarwin Coreの採用、システムとしてのCKANの採用、地図表示には MapQuestOpenStreetMap によるタイルが使われているなど、定番のソフトウェアでがっちりと固めてあるというのが私の印象です。どこをとってみても良くできているシステム、なんとかお手本にしたいものですね。

イギリス自然史博物館のデータポータル雑感(前編)

つい先日、イギリス自然史博物館データポータルのベータ版が公開されました。データポータルは至ってシンプルで、データセットを選んで検索し詳細をみるというものですが、いろいろ詳しくみていくと、さすがの出来映えだなあと思うところが色々ありましたので、感想をメモとして残していきたいと思います。

データコンテンツについて

いわゆる標本データベースは250万点公開されています。また、各標本は電子化されていない標本についても、標本の有無を調べられる種名リスト Index Lots という別のデータセットで、何と72万種の情報が公開されています。データを見てみると、オリジナルの種名と、現在の有効名が両方併記されて非常に便利ですね。きちんとコレクションが整理され使えるようになっていることもわかります。

さらに、データポータルの解説ページには、「データは指数的に増やしていきます。私たちの野心的な電子化プログラムは、5年間で2000万個体の電子化を目的としています」と書いてありました。イギリス自然史博物館の底力をみてとれます。

データ利用条件

データの利用条件は基本的にCC0、すなわち、誰でも目的に関係なく無制限にデータを使うことができるようになっています。誰でも自由にデータを使えるようにしようと言ういわゆるオープン化の波のもと、イギリス自然史博物館もデータのオープン化に大きく舵を切ったように思います。

一方で、データを使用する際には、データセットをDOIつきで引用するように強く勧告しています(引用方法について;DOIの解説はたとえば武田英明先生のプレゼンなど参照)。データをDOIを使って引用を追跡できるようにすると、論文と同様に引用回数や被引用論文のリストなどを作れるようになります。データ公開を促進する一つの方法として注目をされ(参考:Global Biodiversity Informatics Outlookの関連項目)、GBIFなどでも対応を進めているところですが、このポータルでも対応しています。

データ形式など

データ項目には、生物標本には生物多様性情報で最も流通している Darwin Core 形式を採用。ヨーロッパでは Biological Collection Access Services というコレクションネットワークが採用している ABCD という別の形式が採用されることも多いのですが、ABCD よりシンプルで使いやすい Darwin Core の方が良かったのでしょうか。各標本の詳細ページは、一般向けにわかりやすく整形した「Normal View」と、Darwin Coreをわかっている人が生データをみるための「Darwin Core」という二つのViewが用意されているのも面白いです。しかも「Darwin Core」の各項目が、TDWGウェブサイトにあるDarwin Coreの各項目の定義ページに飛ぶようになっていて至れり尽くせりです。

各標本を特定する方法、すなわちID周りをみていきます。たとえばある標本のURLは http://data.nhm.ac.uk/dataset/collection-specimens/resource/05ff2255-c38a-40c9-b657-4ccb55ab2feb/record/2047038 となっています。まずURLの長い文字列「05ff2255-c38a-40c9-b657-4ccb55ab2feb」は、データセットのIDを指しています。GBIFでも採用されているUUIDですね。URLに生のUUIDをつけるのはシステム的にはシンプルで良いですが、ちょっと野暮ったい気もします。

標本を特定するIDは、これまでいわゆる「機関略号」「コレクション略号」「カタログ番号」の組み合わせが使われてきました。とくに、使われてきたのが、「URN:catalogue:機関略号:コレクション略号:カタログ番号」というURNです。しかし、GBIFでは、最近occurrenceIDという項目の方針を変更し、UUIDなどより変更されづらいIDの仕様を奨励しています(参考:Promoting the use of stable occurrenceIDs)。イギリス自然史博物館のポータルでは、「機関略号」「コレクション略号」「カタログ番号」は、標本に実際につけられている番号になっており、先ほどの例ではそれぞれ「NHMUK」「BMNH(E)」「BMNH(E)962207」です。ちょっとややこしいのは、各レコードを特定する項目occurrenceIDは、NHMUK:BMNH(E):962207 などとなっているかと思いきや、NHMUK:ecatalogue:2800545という別の番号が割り振られている点です。標本データと電子データはまた別の管理体系をもっていると思われますが、管理方法を聞いてみたいところです。また、occurrenceIDの末尾の番号2800545は、標本に割り振られているURLの末尾の番号2047038とも違っています。最後の番号は、データベースの主キーの番号なのかなと思いますが、URLとカタログ番号だけで相互変換するのは難しそうです。

目をひいたのは、鉱物標本にも Darwin Core を採用しているところです。ScientificNameに安山岩 (andesite) などと入れているのが、目をひきますね。古生物標本までは Darwin Core の適用範囲ですが、鉱物で使われた例を私は知りません。しかし、自然史系標本という括りでの相互運用性を考えると、できるだけ揃えられるところは揃えたいという意向があったのかなと思います。また、meteoriteClassなど、Darwin Coreでは定義されていない項目も確認できますが、これはどのように定義しているのでしょうか。一般的に、Darwin Core では、最小限の語彙だけしか定義されていません。そのため、項目を加えたいことは良くあります。実際、Darwin Coreには、定義されていない項目を追加するためのextentionという機能があり、「鉱物のための拡張項目セット」といったものも定義できます。しかし、このデータポータルでは、別の方法で解決していました。Darwin Core Viewでみると、このような項目はDynamic properties の中に入っていました。Dynamic properties は、「前翅長=10.5mm」といったような、計測値などレコードに関する様々な変数を「項目=値」の組でいれるための項目です(参考:DwCでの定義)。つまり、多くの鉱物固有の項目は、項目としては定義されず、「レコードの様々な変数」という扱いになっているわけです。博物館で独自仕様は作らないという方針なのか、いままさに博物館内で策定中なのか、どこか標準化の動きがあるのか、は、わかりませんが、この扱いは要注目です。日本でも鉱物の標本データベースを作る際に参考になるかもしれません。

長くなったので一旦切ります。

ナショナル・モス・ウィークの登録システム追記:ライセンスについて

ライセンスのことを書き忘れていたことに気づきましたので追記です。

今回の日本版ナショナル・モス・ウィーク登録システムでもう一つ気をつけたのがライセンスです。ここでいうライセンスとは、著作権が誰にあるのか、誰かがそれを再利用したい時にはどうすればよいのか、といったことですね。これまで、画像投稿型の掲示板では、あまりはっきりさせないことが多かったのですが、基本的には、写真は撮影者のものであって、再利用については撮影者に問い合わせて許可をもらわないといけない、というのが暗黙のルールになっていました。

今回のシステムでも、この基本は同じですがそれをきちんと明記するとともに、もう一つ「撮影者の名前などを明記すれば、許可しなくても利用して良い」というオプションを選択できるようにしました。これによって、撮影者が「この写真は自由に使って良いですよ」という意思を表明することができるようになりました。このオプションは、正確にはクリエイティブ・コモンズの「表示」(CC BY; http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)という選択肢になります。クリエイティブ・コモンズは、いくつかの選択肢を使って、どういう場合には自由に使って良いのかを決めることができますが、今回は簡便のため、一番ゆるい「表示」だけを選択できるようにしています。ライセンスについての詳細は、注意書き(http://www.nationalmothweek-jp.net/submit.html#license)から見ることができます。

画像を共有して自由に楽しむには、できるだけ自由に使えるライセンスを使って欲しい、という希望があります。実際、ナショナル・モス・ウィーク本部も、クリエイティブ・コモンズの使用を奨励しており(http://nationalmothweek.org/finding-moths-2/ の "Collect data" 参照)、日本版ナショナル・モス・ウィークでも、これを強く意識していました。

今回は、できるだけ自由に使っていいですよと言ってくださる方がいれば良いなあという希望を込めて、デフォルトでは再利用は許可制のオプションにして、できれば自由なライセンスも検討していただきたい、という形で選択肢を提示したわけです。結果として、自由に利用可能なライセンスを採用していただいた方もいらっしゃって、とても感謝している次第です。

日本版ナショナル・モス・ウィークの登録システムに関するメモ

日本版ナショナル・モス・ウィーク 登録システム:http://submit.nationalmothweek-jp.net/

7月19日から27日まで、蛾のイベントをやったり写真を撮ったり共有して楽しもうという世界的なイベント「ナショナル・モス・ウィーク (http://nationalmothweek.org/)」がありました。日本でも何かやりたいねと言うことで、私が中心となって「日本版ナショナル・モス・ウィーク (http://www.nationalmothweek-jp.net/)」を立ち上げて活動をしてきました。具体的には、ナショナル・モス・ウィーク自体の宣伝、各地のイベント情報の集約、本部との調整、そして、蛾像投稿サイトの制作と管理です。

ナショナル・モス・ウィークの大きな目的として、世界中の色々なところで蛾の写真を撮って共有し、その多様性や美しさをみんなで楽しもう、と言うことがありました。それぞれの国や地域で、それぞれ投稿するシステムが整備されていましたが、日本でも何か用意しなければ行けないと言うことで一念発起、一つシステムを組み上げてみました。

今回作成した登録システムの流れは「みんなで作る日本産蛾類図鑑(みんな蛾)」と同じようなもので、まず投稿者が画像(同定されていなくても良い)を投稿し、それをみんなで同定し、最後に管理者がチェックして登録をする、と言う仕組みです。最後の「登録」先は、図鑑では無く、Flickrに作成した日本版ナショナル・モス・ウィークの画像置き場 (http://flickr.com/photos/nationalmothweek-jp/) です。ここは同じくFlickrを利用いている本家ナショナル・モス・ウィークと連携することを意図していて、情報も英語情報のみで登録しています。

作成したシステムは、当然「みんな蛾」のシステムを叩き台とし、そのような機能を追加するような形で設計しました。「みんな蛾」で利用しているシステムは汎用の画像掲示板システム (futaba.php; http://www.2chan.net/script/) ですので、蛾の情報を扱うには足りない部分があります。そこで、採集データの入力欄、同定情報の管理機能などを追加しました。普通の方には見えない管理側には、未同定の投稿のフィルタリング機能や、クリックによる登録機能などが実装されています。さらに、ナショナル・モス・ウィークの裏方の皆さんから色々ご意見をいただきつつ、少しずつ機能を追加修正をしています。最近では、イベント毎に見られる機能や、フォームのデザイン変更などを行いました。機能としてはみんな蛾の掲示板+αですが、裏で動いているシステムはゼロから作成したものです。開発及び公開環境はいつもと同じで、フレームワークRuby on Rails (http://rubyonrails.org/)、公開サーバはHeroku (https://www.heroku.com/) です。

今回新しいチャレンジとしては、今回新しい試みとしては、クラウドを利用したファイル置き場(ストレージ)の利用があります。システムを置いてあるHerokuのサーバは、無料利用分では画像を扱うには手狭です。そのため、画像置き場としては、定評のあるAmazon S3 (http://aws.amazon.com/jp/s3/) を採用しました。また、最終的な登録先として、前述のようにFlickrのアルバムを利用することにしました。そのため、掲示板投稿時にはまずAmazon S3に画像を転送し、登録作業後にその画像を英語での情報とともにFlickrに転送する機能をつけました。実装には、S3へも画像をアップロードできるライブラリであるCarrierWave (http://ja.asciicasts.com/episodes/253-carrierwave-file-uploads)、Flickr APIRubyラッパであるFlickraw (http://morizyun.github.io/blog/flickraw-image-resize-gem-ruby/) を利用しました。Railsのようなメジャーなフレームワークですと、色々定番のライブラリがあるので便利ですね。

「みんな蛾」の話が何度も出てきますが、今回作成した画像投稿システムは、「みんなで作る日本産蛾類図鑑」など投稿型図鑑システムへの適用も意図しています。クラウド環境の利用も今後の展開を検討するための一つの試みです。最近では、Amazon Web Service (http://aws.amazon.com/jp/) のようなクラウド環境でのシステム運用が普通になってきていますが、そのような運用もできないものかと思っています。問題はコスト面で、Herokuの無料サーバーならデータベース10000件までなど当然限界があります。もし、「みんな蛾」レベルのシステムをクラウド環境で運用したとして、使用料金がどれくらいになるか、それをどうやったらまかなえるかなど、考えていきたいと思っています。

「DNAバーコードデータベース」を公開しました

「DNAバーコードデータベース」
http://db.jboli.org/ 

 「DNAバーコーディング」という言葉、聞き慣れない方もいるかもしれませんが、DNAの決められた塩基配列(「DNAバーコード配列」などと呼ばれます)の情報を使って生物の種を同定するテクニックのことです(参考 日本語パンフレット http://www.jboli.org/wp/wp-content/uploads/2011/01/DNAbarcoding_JP.pdf)。国際的なプロジェクト(国際バーコードオブライフ http://ibol.org/)によって、日夜様々な生物のDNA情報が蓄積されつつあります。私は、前職でこの技術のプロモーションをやっていたのですが、残念ながら日本では研究以外の面であまり注目されておらずにいました。とはいえ、研究の中でDNAバーコードはずいぶん使われるようになりましたが、研究者の中には精力的にDNAバーコードの情報を蓄積されている方もおられます。そういう方々と協働で、DNAバーコードを取った標本(証拠標本と言います)の情報と、DNAの情報を見られるようにしたのがこのデータベースになります。このデータベースには、動物・植物・菌類の約3000個体の情報が掲載されており、標本画像のデータベースとして使えるようになっています。

このデータベースのシステムは、私の自作になっています。システムは、日本産蝶類和名学名便覧(http://binran.lepimages.jp/)の多くの部分を流用しており、ベースとなっているのはRuby on Railsというウェブシステム構築フレームワーク、データベースは今のところSqlite3です。日本産蝶類和名学名便覧はウェブホスティングサービスHeroku(https://www.heroku.com/)経由で公開していますが、今回は画像の容量が多くて難しいので、共同研究している東大のサーバーを使わせてもらっています。システム自体にはruga-specimenという名前をつけており、そのプログラム自体は、オープンソース(誰でも使ったり修正したり出来るような形)でGitHubで公開しています(https://github.com/mothprog/ruga-specimen)。 

本当は、これをベースにして本職の方に作っていただいた方がセキュリティ上は良いのですが、こういうところにかける資金源はなかなか無いですし、自分でさらっと作ったことを伝えて作ってもらうには手間も数倍かかるので、今はこんな風にしています。理想を言えば、みんなで作る図書館情報管理システムであるNext-L Enju (http://www.next-l.jp/) のように、腕に覚えがある人でシステムを作っていくような世の中を作りたいところです。日本の図書館のためのソフトウェアを関係者で作ろうというアクティビティであるCode4Libの日本版Code4Lib JAPAN(http://www.code4lib.jp/)よろしく、自然史博物館のためのCode4NaturalHistoryMuseum JAPANを作りたいというのが妄想となっております。

「名古屋議定書に関する意見交換会」に関するメモ

生物多様性条約の第10回締約国会議、いわゆるCBD COP10の成果である名古屋議定書の一つの大きなポイントが、「遺伝資源へのアクセスと利益配分」(Access to Genetic Resources and Benefit Sharing: ABS)への具体的なアクションを取り決めたことです。その日本としての対応が策定されつつありますが、生物多様性の調査研究にも大きく関わってくるため、きちんと理解しておくことが必要です。

対応策については、現在パブリックコメントの段階まで来ており、多くの動きがあります。環境省による説明会が各地で行われており、2014年1月8日には東京でも開催されます。また1月10日には、日本分類学会連合でシンポジウム「生物多様性条約と名古屋議定書が分類学研究分野へ 与えるインパクト」が、また同日に知的財産マネジメント研究会による「海外から菌を輸入する ―菌類生物資源研究の現場から―」という会合が予定されています。

これに先立ち、昨年2013年の11月26日に「名古屋議定書に関する意見交換会」が開催され、私も参加しました。その際の説明を中心に勉強がてら名古屋議定書関係の概要と動きを自分用にまとめたのがこのメモです。

なおまとめるにあたり、多くの知人からコメント・意見をいただきました。ありがとうございました。

配付資料:http://np-iken.sakuraweb.com/handout.html (再利用OK)

「遺伝資源へのアクセスと利益配分」(Access to Genetic Resources and Benefit Sharing: ABSと略す)とは?

生物多様性条約(CBD)の目的の一つであり、ある国(提供国)の遺伝資源を、別の国(利用国)が使って研究や開発を行い利益を得た場合、その利益を提供国と公平に分配する枠組みのこと。遺伝資源の定義は様々だが、「生物および生物に由来する様々な素材」と理解するのが良い。

ABSを実現するための枠組みとして、2002年に採択された「ボンガイドライン」で基本概念が記載された。ここでは、法的な拘束力はまだない。2010年に採択された「名古屋議定書」で国際的なルールを実施するための措置が規定された。名古屋議定書は合計で50ヶ国が批准してから90日後に発効する。署名したのは92ヶ国で、現在批准しているのは26ヶ国。

ABSのための枠組み

提供国から利用国へ持ち出す場合には、提供国での遺伝資源供給者との合意に基づく利用と利益配分に関する契約(合意文書=Mutually Agreed Terms: MATと略す)と、提供国の政府に対する遺伝資源取得の事前許可(事前の同意=Prior Informed Consent: PICと略す。採集許可・持ち出し許可など)が必要である。これらの手続きは、生物多様性条約では無く提供国の国内法によって規定されるという点に注意が必要。

名古屋議定書によって変更されるのは、利用国でのチェックポイントと、CBD事務局でのクリアリングハウスの設置である。まず、上記の合意を遵守した形で遺伝資源が使われているかどうか、利用国で監視するように要求される。そのため、MATとPICの情報を収集し、その適切な利用を監視する部署(チェックポイント)を各国に設けることになる。また、合意から逸脱した使い方をしている場合の対処措置の規定も求められている。さらに、MATとPICの情報を提供国の関係部署や利用国のチェックポイントなどから集約する仕組み(クリアリングハウス)をCBD事務局内に設置する。

日本においても、チェックポイントの設置および関係する国内措置の整備をめざし、環境省による「名古屋議定書に係る国内措置のあり方検討会」で様々な議論が行われている。2013年11月12日に第14回の検討会が執り行われた。12月10日の第15回検討会を経て報告書案がまとめられ、12月27日よりこの報告書案に対する意見募集(パブリックコメント)が開始された。1月9日から22日にかけて全国7ヶ所で説明会も開催される。パブリックコメントは1月24日が〆切。その後数度の検討会を踏まえて年度末に報告書が取りまとめられ、関係省庁作業部会による実際の国内措置の検討に受け継がれる。国内措置の実施は最初2015年を目指していたが、それは時期尚早であるという方向で議論が進んでいる。

研究への影響と検討会における議論の現状

上記の原則論に従えば、海外から生物を持ち込む場合には、提供国との間で結んだ覚え書き(PICとMAT)を、必ずチェックポイントに提出することが求められる。これが義務化された場合、ことあるごとに申請書の作成という新たな事務作業が生じること、膨大な量が申請されることにより許認可が遅れることなどにより、研究が成り立たなくなる可能性がある。基礎的な研究の場合は、基本的には金銭的な利益を生み出さないこと、生物多様性保全に貢献する知見を生み出すことなどから、厳しい規定を決めることは望ましくない。

検討会における現在の基本的な方向性は下記の通り。

  • 遺伝資源には、派生物(化合物など)や情報(遺伝子配列・知見・特許など)は含めない。遺伝資源の定義は提供国で様々だが、日本においては、遺伝資源そのものとそれを掛け合わせたり遺伝子を導入したものに限る。
  • 非営利で基礎的な学術研究についてはできるだけ手続きを簡便にする。そのため、学術研究のために取得したPIC/MATについては国内チェックポイントへの届出を自主的にし、研究費の誓約書等で研究者にガイドライン遵守を求めることで代用する。商業利用の際には改めて提供国と商用利用のためのPIC/MATを取得し、これをチェックポイントに届け出る。
  • 国内措置は、当面の間、罰則規定のないガイドラインによるものとする。(要確認:これは「非営利の基礎的学術研究」についての話か全体の話か;最終的な国内措置およびその中の罰則規定は、それぞれ法律・法令・ガイドラインのどれとして規定されるのか、それも検討中なのか)
  • 名古屋議定書発効以前に取得した遺伝資源には遡及しない。
  • 市販品等(コモディティ)を金銭的に購入したものは遺伝資源の対象外とする。
  • 海外の遺伝資源を使用して論文を書いた場合にはその取得国を明記する。

生物多様性情報へのサイバー攻撃の可能性

下記の記事の紹介です。

ニュース - 動物 - サイバー密猟、絶滅危惧種の新たな脅威 - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト(ナショジオ)

生物多様性情報のもつリスクを端的に示した事例です。政府機関のサーバーに侵入して絶滅危惧種の分布情報を不正入手し、それをもとに密猟などが行われる可能性が示されています。幸い、この記事の事例では、緯度経度情報が暗号化されていることで事なきを得ました。しかし、場合によっては最悪の事態が訪れる可能性もあることは頭に入れ、リスクのあるデータは暗号化やネットワーク接続されたサーバーに入れておかないなど、対策を考えておかないといけないでしょう。

また、サイバー攻撃に限らず、絶滅危惧種の情報をどう共有するのかは難しい問題です。生物多様性に関する情報を集めて検索しやすくすることにより、研究や保全など様々な場面での利便性が比較的に増加しますが、その際には、どの情報をどこまで公開するのを慎重に考える必要があります。その生物がいることを行政や地元が知ること、知られないまま開発が進まないようにすることが必要ですし、エコツーリズムの重要なテーマになる可能性もあります。一方で、情報公開することで、生息地の破壊につながるような乱獲が進むこともあり得ることです。どういう情報を、どういう精度で公開するのかは、保全の状況などの含めてケースバイケースで考えていく必要があります。